何年か怠けてしまっていた「年始に寄せて」を書こうとして書ききれないまま1月の終わりを迎えてしまいました。1月が終わるということは1年の12分の1がもう過ぎているということで、自分の中の時間と、外の時間の差にちょっと恐ろしさを感じています。そして、気がつけば男木島図書館は今年開館して9周年。2月から10年目に突入します。
男木島図書館を開館した後「今後の展望」みたいなことを聞かれる機会があるたびに「大きくしたいとかは考えていないんです。自然にある場所になりたい。10年続けることを目標としている。」と言い続けてきました。その10年目がきているんですね。
実は2022年に書いたけれど途中で終わっていて公開していない「年始に寄せて」があったのですが、そこではこんなことを書いていました。
「自然に逆らえないのは事実。体力を温存して、備えて、動ける時を待つ。」と書いた昨年から1年。
現在は島の人から「本借りていいですかー?」とメッセージが入り「どうぞー」と答えるようなゆるい運営の男木島図書館です。個人的な心持ちとしては、元気かと聞かれたら満点で元気とは答えられないくらいの不元気さではあるのですが、かといって完全に倒れているわけではなく、男木島図書館は新しい形を模索中です。
そういえば今年初めてネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)とい言葉を耳にしました。これは、「男木島、未来の教育プロジェクト」のワークショップでどんなソフトスキルがあるかという話をしていたときに出てきたものなのですが、簡単に答えのでない事態に答えのでないまま受け入れる力なのだそうです。
これ、割と苦手分野だなあと思いまして、私はすごく「解決しよう」とか「前に進もう」とかしてしまうんですね。問題を受容するということ。放っておくわけではなく、問題の進み具合に伴走しつつ状況に委ねるような精神が全く足りない。でも、そんな時に心の中の獣を思い浮かべるのです。嵐の日、獣は外をかけたりせずに木の洞の中で身を小さくして自分や家族を守るんじゃないのかなって。そんな想像。
先に書いた「新しい形」は、ここ2年間、香川大学の「ここぢから」が運営に関わってくれるようになってちゃんと育っているように思います。本当にここぢからには感謝していて、男木島図書館が週末、島外向け開館ができているのはここぢからのおかげです。
木の洞の中で身を丸めていた私の心の中の獣は、どうかな、ちょっと木の実を取りに行こうかと洞から鼻の先で外の空気を確かめてみるぐらいの感じになっています。
木の洞の中からお手紙を書くように、塩江のトピカ図書館の村山さんとはこれまたゆっくりのペースでしまやま図書館文通ラジオという声のお便りを続けています。
その村山さんと年末にお話しした時にゲール語でのÒran MòrとÒran Beagという言葉を教えてもらいました。
Òran Mòrは「大きな唄」、Òran Beagは「小さな唄」、昔々吟遊詩人がいたような時代、大きな唄は国の歴史のような大きな出来事を、小さな唄は例えば労働歌であったり市井の小さな出来事を唄っていたものを指すそうです。(とてもざっくりとした説明ですが)
1月、少し用事があって北木島に行くことができました。北木島は同じ瀬戸内海ではあるものの、陸路からぐるっとまわって訪ねなければならず初めての訪問です。
その帰り、北木島から岡山に渡るフェリーで、A4紙を半分に折ってホチキスでまとめた歌集を見つけました。学校で渡される遠足のしおりのような出立ちをしたその歌集は、その素朴さと裏腹に私の心を掴んで離さない言葉たちが載っていました。
ああ、Òran Beagだ。小さな唄。この歌集は北木島へ嫁いでいらした陽子さんが、伴侶を見送った詩たちでした。船を降りるまでこの小さな歌集を何度も何度も読み返しました。
こういうのを大事にしたいな。想ったのはそんな気持ちでした。考えているのは、いつでも大きなことではなく、小さなことなのです。身近な誰かの小さな声を聴ける人でありたい。
男木島図書館の運営の個人的モットーは「無理をしない」です。この場所を続けるためには、そして誰かの声を聴くためには、自分たちに余裕が必要で、やっぱりそのためにも無理はできないなと思うのです。
誰かのあって欲しい形であるのではなく、自分たちのありたい形である。これが意外と難しいのですが。
男木島図書館を開館する時に植えた檸檬と八朔の木がたわわに実をつけるようになりました。
今年の八朔はすごく良い出来で、みずみずしくて甘いのです。なんらかの形でお裾分けできたらいいな。
今年は瀬戸内国際芸術祭もあるしSummer Pocketsのアニメも放映されるし、たくさん人が島に来るのではないかと思います。皆さまを歓迎しつつ、男木島を好きな人と会えることを喜びつつ、多分、ちょっと、相変わらずのゆるめの運営になるであろうことを受け入れてそれも含めてこの場所を楽しんでいただけたらと思っています。と、まるで永い言い訳のような1月終わりの言葉でした。
木の洞からちょっと鼻先を出して。
NPO法人男木島図書館 理事長 額賀順子